副業の収入が続くようになったとき、開業届について調べると「開業から1ヶ月以内に出す」という説明がどこにでも出てきます。現行の所得税法の条文はそうなっていません。 まずそこから、職業に関係なく共通することを一次ソースで確認します。
職業ごとに違う論点(私物の売却・源泉徴収・契約の形・国外の支払元・労災など)は、それぞれの職業の開業届の記事にあります。
「1ヶ月以内に出さないと」と焦っている人へ。実は期限、そこではありません。
開業届はいつまでに出すのか
根拠となる所得税法第229条(開業等の届出)はこう定めています。
居住者又は非居住者は、国内において新たに不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を開始し(中略)た場合には、財務省令で定めるところにより、その旨その他必要な事項を記載した届出書を、その事実があつた日の属する年分の所得税に係る確定申告期限までに、税務署長に提出しなければならない。
国税庁の手続案内(A1-5)も同じです。
事業の開始等の事実があった日の属する年分の確定申告期限までに提出してください。 なお、提出期限が土・日曜日・祝日等に当たる場合は、これらの日の翌日が期限となります。
届出書の様式に付いている「書き方」にも、こう書かれています。
この届出書は、事業の開始、廃止等の事実があった日の属する年分の所得税の確定申告期限までに納税地を所轄する税務署長に提出してください。
法令・国税庁の案内・様式の3つとも「その年分の確定申告期限まで」です。始めたのが去年でも、今から出せます。
期限を過ぎていたらどうなるのか
所得税法の罰則の章(第238条から第243条)を確認すると、確定申告書を正当な理由なく期限までに提出しなかった場合の罰則(第241条)は定められている一方、開業届(第229条)の提出に関する罰則は挙げられていません。
ただし「開業届を出していなければ確定申告もしなくてよい」という意味ではありません。申告の義務は開業届とは別に発生します。提出が遅れている場合の扱いが気になるときは、所轄の税務署に確認してください。
そもそもどこからが事業なのか
第229条が対象にしているのは「事業所得……を生ずべき事業」を開始した人です。1回だけ少額の収入があった人までが対象になるわけではありません。判定の軸は国税庁の所得税基本通達35-2の注書きにあります。
事業所得と認められるかどうかは、その所得を得るための活動が、社会通念上事業と称するに至る程度で行っているかどうかで判定する。 なお、その所得に係る取引を記録した帳簿書類の保存がない場合(その所得に係る収入金額が300万円を超え、かつ、事業所得と認められる事実がある場合を除く。)には、業務に係る雑所得(中略)に該当することに留意する。
要点は3つです。
- 判定の軸は「社会通念上、事業と呼べる程度でやっているか」
- 帳簿をつけて保存しているかが、判定の重要な材料として明記されている
- ただし定められているのは「帳簿の保存がない場合はどうなるか」であって、帳簿があれば事業所得になるとは書かれていない。300万円も「帳簿が無い場合」の中の例外として出てくる数字で、単独の線引きではない
継続的に活動して毎月収益が入っている状態なら事業所得として扱う余地が出てきますし、その場合は帳簿の記録・保存が前提になります。単発で少額の収入があっただけなら雑所得にとどまる可能性が高くなります。どちらに当たるかは活動の実態で変わるため、迷う場合は税務署に確認してください。
開業届の書き方
正式名称は「個人事業の開業・廃業等届出書」で、様式は国税庁のサイトからダウンロードできます(1枚だけの書類です)。主な記載欄は次のとおりです。
- 提出先の税務署・提出日: 納税地を所轄する税務署宛て
- マイナンバー(個人番号)・氏名・フリガナ・生年月日
- 職業・屋号: 職業欄に何と書くかは職業ごとに論点があるので、各職業の「職業欄」の記事で扱っています
- 納税地: 住所地・居所地・事業所等から該当するものを選んで記載
- 届出の区分: 「開業」に1を記載
- 所得の種類: 「事業(農業)所得」にチェック
- 開業・廃業等日: 開業した日付。様式にも「書き方」にも証憑を求める記載はなく、自分が事業を始めたと考える日を書きます
- 事業の概要: 様式に「できるだけ具体的に記載します」とあります。実態をそのまま書きます
- 給与等の支払の状況: 給与を支払う人がいる場合に、支給人員や給与の定め方を記載する欄です
- 「青色申告承認申請書」の提出の有無: 有・無のチェック欄(次の項で扱います)
開業届は事業ごとではなく人ごとの届出なので、収入源が複数あってもまとめて1枚で届け出られます。あとから収入源が増えても、事業内容の追加のたびに届出をやり直す仕組みではありません。
提出の際は、個人番号の記載に加えて本人確認書類の提示または写しの添付が必要です。また「書き方」には、控えを保管する場合は控えに個人番号を記載しないよう注意書きがあります。
紙の様式に手書きしなくても、質問に答えて入力すると開業届と青色申告承認申請書を作れるサービスがあります。マネーフォワード クラウド開業届AD
は、公式ページによればサービス利用料が0円で、最短5分で書類を作成できるとされています(オンラインでの提出には同社の確定申告アプリとマイナンバーカードが必要で、紙で提出する場合は作成した書類を税務署へ持参・郵送します)。
青色申告承認申請書は別の時計で動く
開業届と同時に検討したいのが青色申告の承認申請です。開業届の様式に提出の有無を書く欄があるくらいで、同時提出が想定されています。提出時期は国税庁の案内(A1-8)にこう書かれています。
青色申告書による申告をしようとする年の3月15日まで(その年の1月16日以後、新たに事業を開始したり不動産の貸付けをした場合には、その事業開始等の日(非居住者の場合には事業を国内において開始した日)から2月以内。)に提出してください。
届出書の様式に付いている「書き方」では、同じ内容がこう整理されています。
① 1月 15 日までに、新たに事業を開始した場合……その年の3月 15 日 ② 1月 16 日以降に、新たに事業を開始した場合……事業を開始した日から2か月以内
開業届は「その年分の確定申告期限まで」ですが、青色申告承認申請は開業日から2ヶ月という別の時計で動きます。 開業届だけ先延ばしにしていると、青色の申請期限のほうが先に来ます。
- 1
都道府県への事業開始等申告書
東京都は事業の開始の日から15日以内
個人事業税の申告書。窓口は税務署ではなく都道府県税事務所です。
- 2
青色申告承認申請書
1月16日以降の開業なら開業日から2ヶ月以内
1月15日までの開業ならその年の3月15日まで(A1-8)。
- 3
開業届
その年分の確定申告期限まで
所得税法229条。3つのうちいちばん遅い。
開業届本体がいちばん期限が遅いので、それだけを見ていると他の2つを逃します。事業開始等申告書の期限は都道府県で異なるので、自分の都道府県税事務所の案内で確認してください。
青色申告にすると、要件に応じて55万円・65万円・10万円の青色申告特別控除(タックスアンサーNo.2072)が使えます。要件(複式簿記・貸借対照表・e-Tax)と会計ソフトの要否は会計ソフトの選び方・共通編で扱っています。
出したあとに始まること
開業届を出すかどうかにかかわらず、押さえておきたいのが帳簿です。開業届の「書き方」にはこう書かれています。
事業所得、不動産所得又は山林所得を生ずべき業務を行う全ての方(所得税及び復興特別所得税の申告の必要がない方を含みます。)は、記帳と帳簿書類の保存が必要となっております。
青色申告をしない場合(白色申告)でも、記帳と帳簿書類の保存は必要です。さきほどの通達のとおり、帳簿の保存は事業所得と認められるかどうかの判定材料でもあるので、収益が入りはじめた月から記録を残しておくのが確実です。
なお、開業した年の1月1日から6月30日までの課税売上高が1,000万円を超えた場合には、翌年において消費税の課税事業者になるという案内も様式の「書き方」に記載されています。収益がその規模に届いてきたら、消費税側の手続きも確認してください。
開業届を出すと扶養や失業給付はどうなるのか
開業届の前で止まる理由として多いのが、この2つです。「配偶者の扶養から外れるのではないか」「失業給付がもらえなくなるのではないか」。どちらも一次ソースで確認できる範囲を書きます。
扶養(社会保険)の判定は、開業届の有無ではなく収入の見込み
健康保険・厚生年金の被扶養者の認定基準を、日本年金機構はこう案内しています。
年間収入130万円未満(60歳以上または障害者の場合は、年間収入180万円未満)
扶養認定日が令和7年10月1日以降で、認定を受ける方が19歳以上23歳未満(配偶者を除く)の場合は150万円未満に変わっています。あわせて、同居の場合は収入が被保険者の半分未満、別居の場合は仕送り額より少ないことが条件です。ここで大事な点が2つあります。
- 年間収入は過去の実績ではなく「被扶養者に該当する時点および認定された日以降の年間の見込み収入額」で見る
- 自営業の収入は「当該事業遂行のための必要経費を控除した額」で見る、と機構が明記している
つまり基準に出てくるのは収入であって、開業届を出したかどうかではありません。ただし、被扶養者の認定を実際に行うのは加入先の保険者(協会けんぽ・健康保険組合)で、自営業者の扱いや経費として認める範囲は保険者によって異なりえます。開業を機に扶養の扱いが気になる場合は、配偶者の勤務先経由で加入している保険者に確認してください。ここを一般化して断定できる資料は確認できませんでした。
税の扶養(配偶者控除・扶養控除)は所得で決まる
税の側も開業届ではなく所得です。扶養控除の対象になる親族の所得要件は、令和7年分以後は合計所得金額58万円以下です(国税庁No.1180。令和6年分以前の48万円は改正前の情報)。事業の所得(収入から必要経費を引いた残り)がこれを超える年は対象から外れます。
失業給付の受給中・受給予定なら、開業届の前に立ち止まる
こちらは順序を間違えると実害が出ます。雇用保険の基本手当は「失業の状態」(積極的に就職しようとする意思と、いつでも就職できる能力があり、仕事を探しているのに職業に就いていないこと)が前提で、自営業の開始や準備を始めると、この状態に当たらなくなります。
そのうえで、公式に用意されている道が2つあります。
再就職手当
待期期間満了後に「就職、又は事業を開始した」場合も対象。基本手当の支給残日数が所定給付日数の3分の1以上などの要件を満たすと、残日数の60%(3分の2以上残して開始なら70%)が支給される
受給期間の特例(令和4年7月〜)
離職後に事業を開始した場合、事業の実施期間を最大3年間受給期間に算入しない。休廃業した場合に、残りの基本手当を受給できる可能性を残せる
要件の全文は厚生労働省・ハローワークの案内で確認してください。個別の判断はハローワークに相談してから動くのが安全です。
受給期間の特例は、申請書類として開業届の写しが「事業を開始した事実と開始日を確認できる書類」に挙げられています。申請期間は事業を開始した日などの翌日から2か月以内です。給付制限がある場合の再就職手当は、待期期間満了後1か月の期間経過後の事業開始から対象になる、といった細かい条件もあるので、開業届を出す前にハローワークに相談してください。順序が結果を変える論点です。
職業ごとの論点はそれぞれの記事へ
- YouTube切り抜き — 運営者が実際に出したときの話と、切り抜きの書き方
- 生成AI副業 — 収入源が複数でも届出は1枚・AI利用は判定基準に無い
- Kindle出版 — KDPの印税には日本の源泉徴収がない・出版業と個人事業税
- メルカリ・ネット物販 — 私物の売却は非課税・古物商許可
- ハンドメイド販売 — 趣味の延長と事業の線引き
- ライブ配信 — 事務所所属なら契約の形(雇用か業務委託か)
- 受託ワーク — 源泉徴収されていても開業届は別の話
- 写真・イラスト素材販売 — 国内と海外でロイヤリティの引かれ方が違う
- フードデリバリー配達員 — 配達員は個人事業主という前提・労災の特別加入
- noteの有料販売 — 売上は手数料引き前の総額で数える
- 音楽配信 — 分配金は著作権使用料の世界にいる
- 同人・創作活動 — 通達35-2の原文の読み方(帳簿をつければ事業、とは書いていない)
まとめ
- 期限は「開業から1ヶ月」ではなくその年分の確定申告期限まで(所得税法229条・国税庁の案内・様式の3つで確認できる)
- 開業届の未提出に罰則の定めは無いが、確定申告の義務は別に残る
- 事業か雑所得かの判定軸は「社会通念上事業と称する程度か」で、帳簿の保存が重要な材料。帳簿があれば事業所得、とは書かれていない
- 開業届は人ごとに1枚。提出時は本人確認書類が要り、控えに個人番号は書かない
- 青色申告承認申請は開業日から2ヶ月という別の時計で動く。都道府県の事業開始等申告書はさらに早い
- 帳簿の記帳・保存は白色申告でも必要
- 扶養の判定は開業届の有無ではなく収入の見込み(自営業は必要経費控除後・保険者に確認)。失業給付の受給中なら開業届の前にハローワークへ
